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記憶をつなぐラブレター 母と私の介護絵日記 [我が家の介護いろいろ&認知症関連]

記憶をつなぐラブレター 母と私の介護絵日記

記憶をつなぐラブレター 母と私の介護絵日記

  • 作者: 城戸 真亜子
  • 出版社/メーカー: 朝日出版社
  • 発売日: 2016/11/02
  • メディア: 単行本

1961年生まれの著者は画家でもある。この本も、絵の力が大きい。描かれているほとんどが「きれい」な部分でありましょう。「ほんわか」しているわけは、ない。事実はもっと厳しいだろうとは、読者も想像できますが、それを含んでもよい本と思いました。ポイントはしっかり織り込まれているので(こういうことが起きるだろうと)、認知症入門としても最適。絵も楽しませてくれます。
【母(※ご主人の母親)の不安を少しでもやわらげるため、そして理不尽に奪われていく記憶をつなぐため、日記帖をつけることを思いついた。】

家の中にはわかりやすいよう「貼り紙」のオンパレード。言ってわからないことでも、これは本人がストーンと理解してくれた。「ゴミはここに捨ててくださいね」「トイレ」の表示など。
同居する前の部屋は、一見片づいているようで何かがおかしかった。冷蔵庫には買ってあることを忘れてしまってまた同じものが入っており、充満するすえた匂い。きれいにたたんで積んである衣服は、よくみると食べこぼしがついたままで、シミやカビが発生。季節感のないものもちらほら。
【(略)だから、たとえ3年前から周知の事実で、昨日と今頃同じことを言っていたとしても、本人にとってはいつもはじめての告白なのです。】
介護保険利用についても紹介。ヘルパーさんの訪問介護、デイサービスを利用したことは、家族の負担が減ったこともそうですが(それによってやさしく接することができたり、腹の立つことも時には飲み込めるなら必要!)、なによりお母さんの生活にメリハリが生まれたこと、家族以外との交流の場ができたことが大きかったといいます。

【朝、ひとり目覚めた母は、見慣れない部屋の様子に驚かされます。「ここどこかしら。起こしに来た人は誰なの? 」なにも思い出せない不安に襲われているのです。~自分がおむつのようなものをはいていることや、それが汚れていることに大変なショックを受けているはずです。~朝はいつもなにも思い出せない自分に驚愕する悲しい時間なのです。】
この一文だけで、本人はもちろん、周囲の苦労が想像できます(このほかに「妄想」も多いのです…)。繰り返し々、こちらもうまく答えていかねばならないでしょう。詳細は省きますが、義父(既に他界)によると認知症の予兆は十分あったといいます。離れて暮らしていると、子どもたちは気づくのが遅れるし、何より連れ合いである義父としても心配をかけたくなかったのでしょう(火事を出しかけたことも…!)。
「もしかして…」が少しでもあったら早くに地域包括センター(←我が家は車イス必需が大きかったですが、歩行の問題でDr.にかかったことと、ここに相談したことでいろいろ進み、結果的に病気も、危ぶまれた認知問題もすべてくい止められました)や、ご近所のお医者に相談すること。進行がゆっくりになる方法が、その時点ではありますそこを過ぎてしますと、本人にも家族にも負担増になります。
【~出勤前の朝、家を出る時間にトイレがビショビショ。でも意図してそうなるわけではありません。本人が一番ショックを受けているはず…。これには、一日も早いトイレの進化を待つしかありません。おしりも、床も、便器も、サッと温水できれいに洗えるシャワーが付いたユニットトイレがあればラクチン。誰も悲しまずに済むのですから。】
歯はいのち:総入れ歯はよくないのでは。固いものを噛まないことで、口の筋肉がどんどん弱くなる。それによって口を閉めておくことが難しくなり、いつも舌が半分出ているような状態に。誤嚥も心配な状況になる。80歳になっても自分の歯が20本以上~はとても大切。あー、私も定期健診行かなければ!
ショートステイ先でお母さんは大腿部骨折をしてしまいます。なぜ、リハビリの機関で~! 骨折は高齢者にとって決定的なのです。寝たきりになる大きなきっかけとなります。歩くことはもちろん、何日も横になっていたので立つことさえできなくなってしまいます。
これを機に「もうご家庭では無理ですよ」となり、施設に入ることに。介護度は最高の「5」。 

…夫の話がほとんど出てこないのですが、きちっとしていた母に育てられたので、その変化に息子がついていけない、認めたくないということもあるようです。実の息子なのに、もうそれさえわからなくなっていく。受け入れがたい気持ちもわからなくはない。

【もしも介護をすることになったら、決して自分だけが犠牲になったなどと思わないでほしい。そこには介護に携わらなかったら、きっと得られなかったであろう、たくさんの気づきがあるからだ。~偉い人もそうでない人もみんな等しく~自然の流れには逆らえず人は無力だということ。】
これは、障害のある娘がいる私のような家庭も同じですね~。
いわゆる「認知症」と比べると、我が娘は最近の記憶も、学習能力もあるのでひとりでできることも多い(もちろんできないこともたくさん…ですが)。できることを喜べたら、少しは高齢者介護の気持ちの負担も減るかもしれません。そして大変な時は、家庭で止めずに、助けを申請(介護保険利用・みな80歳になったらどこかしらに該当するのでは?)すること。積極的に調べてみること(これをする人としない人の差が大きい気のでは・障害者を持つ家庭にもこれは感じています・詳しい人はバシバシとフル活用していますヨ)。
介護用品レンタル・購入や手すり設置など、たいていは1割、2割の負担で可能です。
「介護度判定」の訪問はいつでも、もちろん無料でやってくれます(介護保険料を払っているのですから)。その上で、利用(事業所と契約)するかはまた別。現に我が父は、一年目は使用することなく(どことも契約せず)でした。足腰が弱ってきたなと思う高齢者は、毎年判定をお願いしたら、少しずつ度数は上がっていくのが常でしょう(昨今は判定も厳しくなっているようですが、家族も必要度をうまくアピールしていくこと)。
たとえ、介護サービスの必要がないとわかっても(めでたいこと)、要介護には該当しない「要支援度」があるかの判定はしてくれるので、『寝たきりにならない体操の会』のような紹介もいろいろとしてくれるはずです。ご本人の気持ち次第ですねー。
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