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はじめからその話をすればよかった [よんでみました]

はじめからその話をすればよかった (実業之日本社文庫)

はじめからその話をすればよかった (実業之日本社文庫)

  • 作者: 宮下 奈都
  • 出版社/メーカー: 実業之日本社
  • 発売日: 2016/04/28
  • メディア: 文庫

ああ、よかった。まだ正式に小説は読んだことがないが、素晴らしいエッセイ集(新しいところでは「本屋大賞」受賞が有名ですね)。
1967年福井県生まれ。宮下奈都(みやした・なつ)さんは、36歳で小説を書き始めた遅咲き。それも、3人目の子どもがお腹にいる時に無性に書きたくなった(ホルモンのせい、と本人・それしか考えられないと)。
【私の人生は育児に薙ぎ倒されてしまう。切実な焦りがあった。】
しかし、著者の文章や生活には、子どもによってもたらせられたものがたくさんで、それがまた心地よい。出身の福井から、大学で東京へ。ご主人とは新卒で就職したチョコレート関係の会社で出会い、子どもたちを持ち、京都・二条城近くに住んだかと思えば(転勤かな)、それから実家のある福井にも暮らし、今はなんと北海道のようだ。
【福井は住みやす過ぎた。~ありのまま暮らしていれば安泰だったと思う。でも、私たちの生きる世の中にはいろんな暮らしがある。いろんな人がいて、いろんな仕事があり、いろんな社会がある。それを知らないまま生きていくのはなんだかもったいないと思ってしまった。~それで思い切った。~冬場はマイナス20℃の日々が続くというこの場所で、子供たちが何を思うのか、今から楽しみだ。(2013年福井新聞)】

400p弱の厚い文庫だが、一番最初の「ひよこ豆、おはじき、蝉の抜け殻」(2007年のエッセイ)で心掴まれた。これはまちがいないと。次の「オムレツ以後」(同年)も秀逸。

【納棺師の方に最後にきれいにお化粧してもらった祖母の顔を(略)「若い頃のおかあさんだわ」と、母が放心したように言った。祖母は一気に30年ほど若返って、かと思うと真っ白なお骨になって、今も私のまわりにいる気がしている。(2009年福井新聞)】
【いいわけをするつもりはない。メールの返信も、手紙の返事も遅い。それが大事なメールであったり手紙であったりすればするほど、遅くなる。(略)メールや手紙に限った話でもない。大事に思うあまり、気合が入りすぎて簡単には済ませられない。それで結局それほど大事じゃなかったものより大幅に遅れてしまう、ということはままある。すごく楽しみにしていた本は、ゆっくり丁寧に読みたい。そう思って時間ができるまで大事に取っておいたら、いつのまにか最新刊でなくなってしまっている。初夏に買ったワンピースに袖を通すのがもったいなくて、気づけばもう秋も終わろうとしている。(2012年中日新聞)】
大事にゆっくり観たい録画ビデオが、結果後回しになっているのも同じ。ダメね、これ。時間は早くに「つくって」いかないと。 

【~(12歳の長男が)そんなふうに考えるなんて思ってもみなかったから。(略)子の輪郭がふわっと揺らいで、手を伸ばしてももうつかめない感じがした。育てたように子は育つ、などといわれるが、それは違う。親の思うようになんて育たない。うちの三人も、それぞれ親の思うところをすでにはみ出して育っているらしい。(2011年講談社MOOK)】
子は親とは別。もう想像以上の世界を持っている別の人間なのだ。特に男の子は羽ばたくのではないか(考えも、行動も)。

【谷内六郎の描いた絵を観る機会があった。静かに人気のある画家である。(略)とはいえ、これまで私は特には魅力を感じたことがなかった。それなのに、一枚、目が離せない。何か強烈に胸の底からわき上がる感情があった。よく見ると、脇にタイトルと、風景の場所が書かれてあった。地元の山だった。それを知ったとき、この画家の力量にふるえた。土地の持つ力が絵に表れている。(略)私の中のセンサーのようなものにも驚いた。原風景というものが私の中にもあるのだとつくづく思った。(2013年『ESSE』)】
あなたの原風景はどこですか?(私には…そう思うといくつかありますね。夢にも数年おきに出てくるようなところ。)

おこがましいのだが、作者と私の共通点。
スピッツが好き。もちろん歌い手の。パフィーの「愛のしるし」が草野くん(←宮下さんもこう書いていた)の手によるものだと知ったのは結構最近であるが。歌詞が素晴らしいと絶賛している。
予定を立てるのが好き。私も昔からそうだったことを今回気づかされた。夏休みの一日の円グラフとか、月間予定を埋めること(「手帳」が好きなのもこれだな)。もちろんそんな理想のように過ごせないし、予定は崩れる。ハハ。私の「旅」は計画時点から完全に「旅」は始まっており、むしろ実際よりもその過程の方が好きなのかもしれない。

文庫版には掌編(小説)もいくつか。そのうちの「あしたの風」より。シングルマザーが主人公。
平和でさえあれば、と、なみこさんが風の中でささやいている。きっとなんとかなる。あなたが守るのよ。】

裏表紙の紹介文は「本、音楽、暮らし、家族…。宮下奈都のすべてがある!」とありました。その通り。
宮下さんの小説に興味がないわけではないけれど、今はこの人の生活、エッセイに強く惹かれる私でした。
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