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ごはんの時間 [よんでみました]

ごはんの時間: 井上ひさしがいた風景

ごはんの時間: 井上ひさしがいた風景

  • 作者: 井上 都
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2016/09/30
  • メディア: 単行本

珠玉の一冊。井上ひさし氏長女・井上都さん(1963年生まれ)が、2014年4月~2016年3月まで毎日新聞金曜日夕刊に連載、をまとめたもの。
文字数が決まっている中でのエッセイ。静寂の中に、ご本人と息子さん2人の生活が、己の子ども時代を時には挟みつつ綴られます。
【5年前、私と父との間に大きな諍いが起き、和解できぬうちに父が亡くなり~(略)】
どうしようもなかったことなのでしょう(詳しくは語られていないし、知らない)。
1987年の両親の離婚により劇団「こまつ座」代表を2001年まで務め、2010年に同座を離れます。
読み進めるうち徐々にあきらかになっていくのですが、結婚という形はとらず息子をもうけ、その共に暮らすパートナーを8年以上前に事故で突然失い、今の都さんは普通にパート勤めをしているのでした(その後契約解除となり、次のパートへ)。率直に、こんなに美しい文章を書けて世に発表できる方が、つましく親子2人で生きていらっしゃることに驚きました。

お父さまへの想い、両親の別れに伴った揺れ、はすべてにといってもいいほど根底にあることがわかります。
あまりに付箋がつきすぎて、これはもう「買う」方がよいのでしょう。いずれ文庫本になるだろうから、その前に単行本はきっと押さえておいた方がよい(私は文庫本の行間は好きでない)。

あとさきになりましたが、「食」を中心とした一冊。好きな味など…。なのだけれど、滲むのは、幼い頃の記憶と、今ふたりで生活しているそのものをここに閉じ込めています。
【(略)私は決して不幸にならない。なぜならあの子が生まれてきてくれたからと。確かにあの瞬間思ったはずだったが、あの日の私はどこへいってしまったのかしら。】
ありますね、そんな夜は。シングルマザーだから…の共感もありました。

高校の3年間、アガサ・クリスティーに夢中だった娘に、ハヤカワ文庫のアガサ・クリスティー全集を全巻揃えてくれた父親だった(うらやましいー!)。
【父と母の夫婦生活が終わる前「なんとか別れずにすみそうだ」と娘の私が感じていたほんのつかの間の穏やかな日々があった。しかし、安堵はしたもののなにがきっかけでまた崩れてしまうか分からないうらさびしさが漂ってもいた。】
あのお母さまも、今では75歳を過ぎすっかり老いたとありました。地理的に、今は遠くないところに都さんたちは住んでいます。

戦争、戦時中の暮らし、また市井の人々へのまなざしは、お父さまと重なっています。
【(略)東日本大震災のとき、炊き出しで出された豚汁を手に「火の通ったものが食べたかったからありがたい」と話していた人はいま自分の台所に立っているだろうか。】
【「戦争の記憶が遠ざかるとき、戦争がまた私たちに近づく。そうでなければ良い。」by石垣りん】

【(略)~大事に大事に惜しみながら食べた。煩いなきあのときの幸福感はおそらくもう二度と私が味わうことのできないもののひとつだろう。
人間は時間にはどうしても適わないと言っていた父は、戯曲を書くことで時間を切り取り保管しようと挑戦していたのではないかしらん。】
【「親がガタガタしていても、おまえはおまえの人生をちゃんと考えろよ」両親が離婚するしないで揉めていたとき、電話に出た私につかさん(つかこうへい氏)はそう言った。】

ある作曲家からいただいた言葉。恩人だとある。
『人を傷つけさえしなければ大抵のことは大丈夫。』

あとがきに、
【連載という機会を2年間も私に授けてくださった方、「何を一番伝えたいのですか?」と叱咤激励し書くことそのものを支えてくださった方、本にしましょうと埋もれてしまうはずだった私の原稿を拾い上げてくださった方~(略)】
「何を一番伝えたいのですか?」と答えを要求した方、それは違うでしょう。結論は必要ではない。そして、それはそれぞれで感じるものであって、ご本人がただ書きたかったので書いた、でよいではありませんか。
後者のみなさん。毎日新聞を購読していない私に、「本」としてめぐり合わせてくれてありがとうございます。感謝。
そして、仕事中、偶然この新刊見本が私の手元にまわってきてくれた運命にも感謝。
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