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貘さんがゆく [よんでみました]

貘さんがゆく

貘さんがゆく

  • 作者: 茨木 のり子
  • 出版社/メーカー: 童話屋
  • 発売日: 1999/04
  • メディア: 単行本

こんな詩人がいたことを私はまったく知りませんでした。
そして、この本を借りたちょうどすぐあと、新聞で特集も組まれていました。
詩人・茨木のり子さんが、貘(ばく)さんのことを綴っています。

【山之口貘こと、貘さんは本名を山口重三郎といい、明治36年(1903)、沖縄県に生まれました。
~少年時代はめぐまれた環境に育ちました。~(その後)破産した山口家は、一家ちりぢりになってしまい(略)、その折り折りの仮りの住まいという、ルンペン生活がはじまって、以後16年間というもの、たたみの上に寝られたことはなかったのでした。
そんなときでも、詩をせっせと書き、新聞社や雑誌社にもっていたのですが、沖縄にいた少年時代とちがって、東京では、かんたんにのせてくれませんでした。】

【第一次世界大戦と第二次世界大戦のはざまで、世は不景気風が吹くまくり、ちまたには失業者のあふれた時代ですが、そのうえに、中学中退、沖縄県人という履歴が、さらに貘さんの暮らしをひどく不安定なものにしていました。
求人広告を見てゆくと、入り口に「朝鮮・琉球おことわり」とれいれいしくはってあるのはしょっちゅうでした。まったく不当な話です。】
こういう現実があった歴史を、私はよく知らなかったと。

【金子光晴もまた、放浪詩人というにふさわしく、ヨーロッパ・東南アジアを5年近くも無一文で歩きまわってきたばかりでした。光晴は長い放浪の旅で、国籍だの学歴だの、そんなものがいかにくだらないかを骨身にしみてさとっていました。かれはただ個人としてのはだかの人間しか認めようとしなかった人です。~
ふたりは生涯を通じての、腹をわった男同士の親友となりました。一匹狼と一匹狼の友情でした。】

【やがて貘さんは、結婚したくて結婚したくてたまらなくなりました。~
貘さんは機械類のセールスマンというふれこみだったし、徹底的貧乏ぐらしのことも知らされていなかったし、世帯道具はいっさい新郎側でととのえるから、身ひとつでどうぞ…と(静江さんは)聞かされていたからです。
貘さんがあいてをだましたのではなく、なかにたった世話人が「貧乏ぐらしのこともよくよく伝えてください」という貘さんのことばを、伝えなかったためでした。真実をいったら御破産になると思ったのでしょう。~】
亡くなる昭和38年まで、知人宅の6畳間に間借り暮らしを続けたといいます。
長男は早世しましたが、長女泉さん(愛称ミミコ)がおり、娘さんのことも詩っています。

私が気になったのは、まだぴんぴんしていたころに書かれた、この詩。
【 告別式
金ばかりを借りて
歩き廻っているうちに
ぼくはある日死んでしまったのだ
(略)
こうしてあの世に来てみると
そこには僕の長男がいて
むくれた顔をして待っているのだ
なにをそんなにむっとしているのだときくと
お盆になっても家からの
ごちそうがなかったとすねているのだ
ぼくはぼくのこの長男の
頭をなでてやったのだが
仏になったものまでも
金のかかることをほしがるのかとおもうと
地球の上で生きるのとおなじみたいで
あの世も
この世もないみたいなのだ】

…童話屋さんのこのシリーズは、普通の詩集ばかりかと思っていたので、それも意外でありました。
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