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井上ひさしの本② [太宰治と家族たち]

そんなわけで、「太宰治」(本名:津島修治)は元々「純情きらり」から派生する以外で、私の関わったところであり、この本を読んで新たな太宰の発見が多かったわけだ。
しかし、詳しい彼自身についての感想は「衿BOOKS」にいずれ(必ずネ)書くことにして、彼の亡くした息子のことをここでは追ってみる。

この本では2カ所のみ。
●太宰年表の中に、昭和19(1944)年8月10日長男正樹誕生。(太宰は昭和23年6月に死亡。)
息子が15歳で亡くなっていることは確認しているが、それについては平成まで続いているこの年表には載っていなかった。ちょっとさびしい。
●太宰が、最後共に亡くなる山崎富栄と出会ったあと、周囲の人がもしや(また)?【自殺未遂を繰り返す人でしたから】という頃、太宰は「僕はけっして死なない、息子を置いて行くわけにはいかないんだ。」と言っていた(という証言あり)。
●ご長男に障害があってそれも心配だ、太宰はあのとき、絶対に死ぬはずがない。仕事も途中だった。(井上氏の見解。)

このことに関しては、これだけだった。
この本は、まあ新聞記事や写真などそれは々豊富な本で(今は文春文庫で出ています)、長女園子&次女里子(作家佑子)との親子3ショットの写真もありました。長男とのはありませんでした。

“太宰の息子に障害があり、残念ながら太宰亡きあと15歳で亡くなってしまった”ことまでは事実のようです。もうこれ以上追究することもないかと。
あ、母親(太宰妻)は亡くなっていますが、津島佑子さんは現役なわけでお兄さんのことはもちろんわかっていらっしゃるでしょう。(お姉さんの園子さんも政治家の夫としているし。やっぱり太宰父:祖父が政治家だったのでの道は繋ぎたかったのでしょうか。「津島」姓を残しているわけですし、ね。)
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